第二話「錬金術師」

 二人揃ってダリルシェイドに戻ってきた時には、すでに日も暮れかけていた。空が、オレンジ色に染まっている。ダリルシェイドの西の端には、居を構えている。錬金術で作ったアイテムを売っている店舗と居住スペースが一緒になった家だ。は、店舗の入口へとリオンを案内し鍵を開けて入るように促した。
 店内には、手に取りやすいように適度に品物が棚に並べられていて、天井にはロープを渡し、乾燥したハーブがたくさん吊り下がっていた。店内に一歩入ると、ハーブの清涼感あふれる香りが漂う。は、荷物を空いているスペースに置いて、リオンにカウンター席に座るように勧めた。
 もともと、お店に来た客にお茶でも勧めているのかミニキッチンがカウンターに備え付けてあった。手慣れた手つきで、お湯を沸かしお茶を入れる準備をしているを、ぼんやりとリオンは見つめた。手際の良さは、彼の想い人を彷彿とさせた。
 湧き上がったお湯を、茶葉の入ったポットに注ぎ入れると爽やかなお茶の香りがした。ポットの蓋を閉め、ティーコゼーをかぶせて、カウンターの上に3つ並んでいるうちの一番小さい砂時計を逆さまにした。砂がさらさらと落ちている間に、は保存容器に入っていたクッキーを、オイルペーパーの敷かれた籠の上に見栄え良く並べた。砂が落ちきると、ティーコゼーを外してポットを掴んでくるり、と一回だけ回す。カップに均等にお茶を注いで、お菓子の入った籠と共にリオンの前においた。
「どうぞ」
「いい香りだな」
 礼儀だけでも口をつけようと、カップを手にとったリオンが思わず口に出した。爽やかなマスカットのような香りは、リオンの好きな茶葉の香りだった。
「何だ、貴様その顔は。マヌケすぎるぞ」
 口をポカンとあけて自分を見ているに、リオンは眉根を寄せて言った。は、慌てて口を閉ざして、リオンから顔を逸らした。
「マヌケって酷い」
「で、お前は何者なんだ?」
 リオンは、に全く取り合わず、本来の要件を切り出した。
「何者って言われても。生まれはファンダリアで、錬金術で生計を立てているの」
「何故、セインガルドに来た」
「母の生まれた国に住んでみたかったから。ファンダリアは雪で埋もれることが多いし」
 も、リオンの向かい側に座って紅茶を一口飲んだ。
「ダリルシェイドにしたのは、人が多いと商売がしやすいからよ」
「お前の両親は?」
「父親は……知らないの」
 は、言いにくそうにリオンから顔を逸らした。
「物心ついた頃から、母としか生活してないから。母は、普通の人だったわ」
「普通の人だった?」
「幼い頃に亡くなって」
 リオンは、わずかに目を見張った。しかし、は自分の思考の淵に落ち込んでいるのでリオンの様子に気が付かない。
「私は、親戚中を渡り歩いて、最終的に錬金術師に丁稚奉公したの」
「お前は、一般家庭出身なのにソーディアンについて知っていたわけか」
 怪しいだろう、と言わんばかりのリオンの言い方には苦笑した。
「錬金術は、レンズの研究でもあるの。ソーディアンについて、基本的なことは知っていたわ」
 は、リオンの腰元にいるであろうシャルティエに笑いかけた。
「まさか、本当にお喋りをする剣だとは思わなかったけど」
『僕も、坊ちゃん以外の人と、話をしたのは初めてですよ』
「こら、シャル」
 勝手に話しだしたのが気に喰わないのか、リオンは剣のコアクリスタルを軽く叩いた。情けない悲鳴があがる。
『坊ちゃん、叩かないでくださいよ』
「仲、良いのね。兄弟みたい」
 は、二人のやり取りに微笑んだ。リオンは、の視線から逃れながら、鼻で笑った。それでも、嬉しそうにシャルティエは言う。
『ありがとう、マリア』
「お前が淹れる紅茶も悪くない」
 精一杯のお礼のつもりなのか、耳たぶを少し赤くしてリオンはぶっきらぼうに呟いた。聞くべきことはすべて、聞いたのかリオンは、立ち上がって言った。
「今日のことは、ヒューゴ様に報告しておく。精々首を洗って待っているのだな」
 リオンは、鼻で笑うとの店から出ていった。
 なんで、首を洗って待っていなければいけないのか、は疑問に思った。
「な、何なのあのお坊ちゃんがーっ」
 結局のところ、にできることはリオンの出ていったドアを睨みつけながら、溜息を付くことだけだった。

 闇が空を支配する時刻、リオンは夕食を終えて自室のベッドに腰掛けシャルティエを磨いていた。ソーディアンマスターになってから、毎晩欠かさず行なっている習慣だ。ふと、昼間のとのやり取りを思い出して、リオンは口の端を上げた。
「昼間の女は面白かったな」
ですか?たしかに、坊ちゃんの周りには居ないタイプですよね』
 普段、他人に興味を抱かない主が話題に出したのが面白かったのか、シャルティエは茶化すように言った。
「この世のゴミが全部詰まっている割には、マシな方だったな」
『坊ちゃん……』
 シャルティエは、主を嗜めるように呼びかけたがリオンは、鼻で笑っただけだ。リオンは、日頃から姦しい女性たちに囲まれ、下心が透けて見えるようなやり取りしかしていないので、女性不信であった。シャルティエは、主の置かれた状況をよく理解しているので、あまり強く出られない。
『坊ちゃんのこと、全く知らないみたいでしたね』
 何か下心でもあって近づいてきたのではないか、とシャルティエも用心していた。しかし、は森の中を旅するものとして必要最低限の礼儀とともに、親切にしてくれただけだった。リオンが客員剣士だと知っても、態度を変えることは無かった。
「ソーディアンマスターの資質を保った者は大勢いるのか?」
『僕は、坊ちゃん以外に資質のある人を見たことがありませんでしたよ。かなり稀な資質です」
 リオンは、シャルティエの言葉に瞠目した。ソーディアンの声が聞こえたら普通は、驚くはずだ。それを、あの女は、どうしていたか。
「あの女は、聞こえていたのに隠していたな」
 それは、ソーディアンの存在を知っていたからに違いない。知識としてだけではなく、実際に別のソーディアンを見たことがあるのではないか?
『錬金術師ってどんなことをやるんですか?千年前には、居なかったですし』
「やっていることは、オベロン社とそう変わらない。レンズのエネルギーからアイテムを作り出している。はろるど博士の研究を元にしているらしいが、僕も詳しいことは知らないな」
 錬金術は一般的に、便利なアイテム、特に長旅に必要なアイテムを作りアイテムショップに売ったり、自分で店舗を構えて売ったりすることで生計を立てているのだ。生活をちょっと便利にするアイテムは、レンズから作られている。錬金術を使えるということを名乗る人々は一定数いるが、便利なアイテムを作り出せるところばかりにスポットがあたり、錬金術の本質を知るものは少ない。
『あの方の書物を理解できているなら、ソーディアンのことは知っていて当然でしょうね。もしかしたら、晶術も使えるかもしれません』
「そうなのか?」
『ハロルド博士は、ソーディアンなしで晶術を使えたんです。レンズの特性を理解していたから』
 シャルティエの説明に、リオンは関心したように頷いた。
「あの女をヒューゴ様の駒として働かせるのは、悪くないかもしれないな」
 リオンは、良い物を見つけたとばかりに、にやりと笑い部屋を出ていった。
 ヒューゴが屋敷に戻っていることを確認し、リオンはヒューゴの執務室の扉をノックした。短い返事があり、リオンは挨拶をして部屋に入った。
 いつものように、報告をしていく。
「……以上が本日の報告になります」
 執務用の椅子に腰掛けて、ヒューゴが尊大に頷いた。リオンは言葉を続ける。
「それと、もう一つ報告があります。という女がソーディアンマスターの資質があるそうです」
「ほう……。腕は、どうだ?」
「そこそこ使えるかと」
 リオンは、ストレライズ神殿への森でのの動きを思い返していた。素人ではない。訓練を受けたものの動きだった。
「リオン、そいつを使えるように手懐けておけ」
 ヒューゴは、口の端をあげて笑った。
「邪魔になるようなら、斬れ」
「承知しました」
 幾分の躊躇もなくリオンは、返事をして頭を垂れた。邪魔になったら切り捨てる、これはいつも自分がやっていることだ。リオンは、少しも悪びれずを手に掛けることを承諾した。

手頃な駒を手に入れた

[2012年 06月 23日]