第五話「歳の差」

 山賊退治は、リオンたちの圧勝で意気揚々と凱旋する。味方の兵士たちには死者はなく、軽いけが人が数名いる程度だ。この大手柄にますますリオンの声明は高まるだろう。リオンも満更ではないのか、僅かだか嬉しそうに口の端が上がっている。
 兵士や傭兵たちはダリルシェイドについた時点で解散した。リオンは国王への詳細な報告は明日にすることにした。第一報だけはすでに伝えてある。任務が終わった時の習慣のようなもので、リオンはいつもを家まで送った。
「良かったら、夕食食べていかない?」
 こじんまりとしたの店の前で、二人並んで立ち止まってがリオンに尋ねた。リオンは夕食に誘われたことに目を見開いて驚いている。
「礼儀だから誘っただけよ。マリアンだって待っているでしょうし」
「何故、そこでマリアンの名前がでてくる」
 リオンは不貞腐れたように言った。
「貴方の家の家人は、マリアンやレンブラントぐらいしか知らないわ」
「……食べていく」
「そう、じゃ、中に入って」
 は、店の入口の鍵を開けてリオンを招き入れた。色々な草や花の優しい匂いがした。
「夕食に呼んでおいて、店舗へ上がらせるなんて非常識なやつだな」
 普通、夕食は個人的なものなので部屋に上げるのが一般的だ。
「一人暮らしの女の部屋に、恋人でもない人を簡単に入らせるわけ無いでしょ」
「お前、女という自覚はあったのか」
「貴方よりはあるつもりだけど」
「僕のどこが女だ」
「短気ね」
 お互い言い出したら止まらないのか、意地になって言い合いをしている。見かねたシャルティエがわざと明るい声をだした。
『夕食は、何にするの?って料理できるんだね?』
「常識の範囲内であれば」
 はミニキッチンで手際よく材料を刻んでいく。
「大概の物は作れるわ。今日は、ポタージュ・オ・ロールとチキンソテーよ」
 トマトを湯剥きして、小さくカットする。次に鳥の胸肉に塩コショウをする。スープパンにバターを入れて、トマトを軽く炒めた後、お湯を注ぐ。同時進行で、フライパンで鶏肉をバターで焼いていく。
 リオンは、の料理支度を少しも逃さないという風にじっと見つめている。
「そんなにじっと見られていると、気になるんだけど」
「気にするな」
 リオンは僅かに照れたような響きが混じった。
「手際がいいな、と感心したんだ」
『やっぱり、お嫁さんにするなら料理上手な人がいいですよね』
「な、何を言っているんだっシャル」
 リオンが年頃の少年らしく、頬をうっすらと赤くしてシャルティエに怒鳴る。
「リオンでも、女の子をお嫁さんの対象として見るのね」
「……。どういう意味だ?」
「日頃から女性蔑視の発言が多いじゃない。お嫁さんがほしいと思うタイプだとは思わなかったわ」
 は、ヘラで鶏肉をひっくり返しながら言った。
「くだらない奴が多いというだけだ」
『貴族の娘さん達は、習い事に忙しいようですからね』
 シャルティエは、リオンに近づいてくる貴族の令嬢たちが揃いもそろって習い事の話しかしてこないのを覚えている。
「ふーん……。でも、マリアンだったら、いいお嫁さんになりそう」
「だ、だからどうして、そこでマリアンの名前がでてくるっ」
 今度は耳の先まで真っ赤に染めてリオンは、を怒鳴った。
「貴方と私の共通の知り合いで、女性なのはマリアンだけよ?」
 はスープの味を確かめる。
「まさか、私と結婚したいわけでもないだろうし」
「当たり前のことを言うな!」
『坊ちゃん、言い過ぎですよ』
 普通の女性なら、怒りそうなことを言ったリオンをシャルティエは嗜める。料理が出来上がったのか、いい匂いが店内に広がった。
「いいのよ、シャル。ここで結婚したいと言われても、困っちゃうもの」
 は、スープ皿に盛り付けてカウンターに並べる。
「僕では不満なのか」
 リオンは、口をとがらせて不機嫌そうに聞いた。
「貴方と結婚したいと言ったら、言ったで不満なくせに」
 は大して気にしていないようだ。焼きあがった鶏肉を更に乗せ、ソースをかける。
「もうちょっと優しくなったら考え……。考えるわけ無いか」
「ほぉ、お前はよっぽど剣のサビになりたいらしいな」
『坊ちゃん落ち着いてください。僕は、を刺すのは嫌ですよ』
「ここで私を刺殺したら、痴情のもつれって噂が立つわよ」
 リオンは、の言い分も最もだと思い、ぐっと気持ちを飲み込んでシャルティエを鞘に収めた。
「そうそう、大人しくしてないと。マリアンだって、痴情のもつれの挙句刺殺するような男は、嫌いだと思う」
って、坊ちゃんを怒らせるのが上手ですよね』
 テーブルセッティングも終わり、夕食が完成したようだ。カウンターの上に水色と白色のストライプ柄のランチョンマットが敷かれて料理を引き立てている。見た目も美しい料理に、リオンは釘付けでの失言も気にならないようだ。
 がリオンに食べるようにすすめる。
「まずくはないな」
 スープを一口飲んで、リオンは言った。
「素直に美味しいって言ったら?」
 リオンの頬が緩んでいるのに気がついたは、呆れたように言った。
「美味しい料理は、マリアンの料理だけだ」
「ま、褒めてもらったことにはお礼を言っておく」
『本当に美味しそうに作るね。僕も食べてみたかったなぁ』
 シャルティエの本当に羨ましそうな声に、は笑った。
「ありがとう。シャルティエ。貴方のマスターが素直じゃない分、シャルティエが素直なのね」
「僕に喧嘩を売っているのか、お前は」
 リオンが眉を寄せて向かい側に座るを睨む。
「それは貴方でしょう。いっつも眉間にシワを寄せてる」
 は、ナイフを皿の上においてリオンの額と人差し指でつっついた。驚いたリオンは、目を見開いて顔を真赤にしたかと思うと、ナイフもフォークも取り落とした。あまりの反応にマリアも驚く。
「さ、触るな」
「そこまで純情だとは思わなかったの。ごめんなさいね」
「ちょっと歳上なだけなのに、そこまで余裕ぶっているお前が嫌いだ」
 顔を真赤にしたままリオンは、に苛立ちをぶつける。
『坊ちゃん?!』
「はいはい」
「そういう態度もだ」
「はいはい」
 は、リオンの態度が照れからきているのを見抜いていたのでいい加減な返事しかしていない。
「ご、ご馳走様」
 しっかりと食べ終わったリオンは、御行儀よく挨拶をして取るものも取らず逃げるようにの店から出ていった。ちゃんと挨拶するところがリオンの育ちの良さがにじみ出ている。
「あんな反応されたら、誰だってちょっとは突っつきたくなるわよね?」
 忘れ去られたシャルティエに、は機嫌よく微笑みながら言った。
『坊ちゃんは、そこが可愛いところですから。坊ちゃーん、僕を忘れてますよ』
 シャルティエは、呼びかけたがリオンが戻ってくる様子はない。聞こえないところまで走って行ってしまったのか、今更どうやって戻ったらいいのか逡巡しているのかもしれない。
「戻ってきそうにないわね。シャルティエ、私がマスターの元に連れていくから」
『ありがとうございます。
 は、食器を流し台に置いて戸締りをするとシャルティエを持って店から出ていった。外は、さきほどのリオンの頬のように赤く染まった夕日が出ていた。

余裕ぶったところが大嫌いだ!。

[2012年 07月 11日]